しおがま昔めぐり

小池曲江

みちのく景勝地・塩竈に生まれ、仙台四大画家のひとりとして江戸時代後期に活躍した小池曲江こいけきょくこう花鳥画かちょうがを中心に、鋭い観察による写生しゃせい、精彩な筆づかい、正確な彩色さいしょくを得意とし、山水画、人物画にも独自の表現を極めています。

全国を旅しながら各地で生み出した作品には、小池曲江の真実を収める優れた写生や、実直な生き様を感じることができます。塩竈の影響を受けたといわれる曲江の生い立ちと芸術について芸術愛好家・太田真さんと小さな芸術愛好家・藤崎乃瑛さんが巡ります。

ミステリー

塩竈しおがまには、昔の人々の信仰心しんこうしん生活感情せいかつかんじょう先人せんじん知恵ちえ偉業いぎょう後世こうせいに伝える言い伝えが多く存在そんざいしています。ウソかまことさだかかではありませんが、昔から塩竈の人々にしたしまれている言い伝えを、案内人あんないにん本田幹枝ほんだみきえさん、小さな案内人・津川青玄つがわせいげんさんが巡ります。

鹽竈ザクラ

鹽竈しおがまザクラは、薄紅色うすべにいろ花弁はなびら手鞠てまりのように密生みっせいした八重桜やえざくらです。昭和しょうわ15年(1940年)天然記念物てんねんきねんぶつ指定していされるも、枯死こしのためにその指定を解除されました。
しかし、桜を愛する人々の尽力じんりょくにより、昭和62年(1987年)に再び天然記念物に指定されるにいたります。

「鹽竈ザクラめぐり」では、堀河天皇ほりかわてんのう後水尾上皇ごみずのおじょうこうにもうたわれ、幾世いくよに受け継ぐ人々の鹽竈ザクラへの想いや、「鹽竈ザクラ」が天然記念物に再び指定されるまでのエピソードを紹介します。鹽竈神社の社紋しゃもんや市内小学校の校章こうしょう菓子かし提灯ちょうちんなど様々なところでみかける、塩竈を象徴しょうちょうするモチーフ「鹽竈ザクラ」。市民とのつながりが深い「鹽竈ザクラ」の歴史を、鹽竈神社・小野道教おのみちのりさんを交えて、桜愛好家・丹野六右衛門たんのろくざえもんさん、阿部仁あべひとしさんと、小さな桜愛好家・島津和人しまづかずとさんが巡ります。

奥の細道めぐり

松尾芭蕉まつおばしょう 塩竈しおがまへ 元録げんろく2年5月8日(1689年・陽暦ようれき6月24日)巳の刻みのこく(9時~10時)、松尾芭蕉まつおばしょうは、仙台を出発、「十符菅とふのすげ壺碑つぼのいしぶみヲ見ル。」

そして、未の刻ひつじのこく(11時~13時)に塩竈に到着し、ご飯に湯をかけたものを食べたと記しています。「湯漬ゆづけなどを喰う。」その後、宿でひと休みして多賀城方面に向かったと言われています。

「おくのほそ道めぐり」では、御釜神社おかまじんじゃ(4口の神釜)〜止宿ししゅくの地(鹽竈神社東参道入口しおがまじんじゃひがしさんどういりぐち)〜鹽竈神社表参道しおがまじんじゃおもてさんどう(二百二段)〜鹽竈神社など、代表的な芭蕉ゆかりの地を俳人はいじん渡辺誠一郎わたなべせいいちろうさんと小さな俳人はいじん・前野めぐるさんが巡ります。