伊達綱村が発した「貞享の特令」ってどんな特令? ~伊達氏と塩竈~

答え

鹽竈しおがま神社じんじゃを深く信じていた4代仙台藩主伊達だて綱村つなむらは、
神の町塩竈が苦しんでいることをみかねて、年貢ねんぐ※1
軽くするなど特別の命令を出しました。

これにより、塩竈しおがまへの荷あげが増えて商業が栄え、神社をおまいりに来る人、
松島見物の人が集まる町となりにぎわいました。

  • 伊達綱村
    伊達綱村
  • 祓川の石積み護岸跡
    祓川の石積み護岸跡

もっと詳しく

伊達氏だてし鹽竈しおがま神社じんじゃをとても大切にしています。藩主として神社におまいりしたり、日本刀にほんとうや馬をおさめたり、社殿しゃでんを造り替えたりしました。江戸時代の中ごろ、塩竈の港への荷あげが減ったことにより塩竈の町は大きくおとろえました。
そこで、綱村つなむらは塩竈の町へ特別な命令を出しました。

塩竈の年貢ねんぐを軽くすること、新鮮しんせんな魚や材木の荷あげは塩竈だけにするなどの保護(貞享じょうきょう特令とくれい※2)により、塩竈は仙台藩で一番の港となりました。鹽竈神社を深く信じた綱村は、塩竈を発展させたとても大切な方であります。

補足説明

※1 年貢
江戸時代には幕府や藩が支配している土地にかけた税の一つ。主として米でおさめられた
※2 貞享の特令
  1. 1 年貢を軽くしたりなくしたりする
  2. 2 藩が250両ずつの下賜金を与える
  3. 3 馬市を開くことをゆるす
  4. 4 見世物芝居を春と秋に行うことをゆるす
  5. 5 自由に新しい田をつくることをゆるす
  6. 6 商人の荷物、材木船は塩竈につける
  7. 7 港の整備