長井勝一漫画美術館

多くの漫画家を育てた雑誌「ガロ」編集長・長井勝一の美術館

長井勝一漫画美術館

長井勝一(ながいかついち)|1921~1996年

1921年、宮城県塩竈市出身。戦後、結核を患いながらも特価本の卸をするかたわら48年に足立文庫、56年に貸本向け出版社の日本漫画社を設立。さらに59年に青林堂の前身となる三洋社を設立、マンガ出版を手掛け白土三平や水木しげるの作品をヒットさせましたが、結核の再発により解散。1960年代半ば、貸本漫画が衰退のなか、「彼らが何の制約もなく活躍出来る場を自分が提供しなければ」と、病気療養中の62年に青林堂を設立。64年より『ガロ』を発行。白土三平や水木しげるなどの有名作家から、つげ義春や花輪和一などの異才を輩出した名物編集長。
1990年経営を譲渡し、編集長、社長職を退き会長就任。1993年、塩竈市遊ホールで講演。1995年第24回日本漫画家協会選考委員特別賞を受賞。1996年1月逝去、享年74歳。 1998年11月故郷である宮城県塩竈市に長井勝一漫画美術館開館。

月刊漫画『ガロ』

1964年から2002年頃まで青林堂が刊行していた漫画雑誌。大学生など比較的高い年齢層の読者に支持され、漫画会の異才をたくさん輩出しました。1962年、長井勝一によって設立された青林堂は、白土三平の「カムイ伝」を連載するため、1964年雑誌『月刊漫画ガロ』を創刊。また水木しげるの「鬼太郎夜話」、林静一「赤色エレジー」などを掲載し人気を博しました。つげ義春、池上遼一、矢口高雄なども執筆。1970年代は、古川益三、鈴木翁二、阿部慎一がデビュー。彼らは「ガロ三羽がらす」と呼ばれました。この頃から貸本時代から人気のあった永島慎二が執筆を開始。ほかにも上村一夫、蛭子能収などが登場しました。1980年代は、みうらじゅん、内田春菊、岡崎京子などがデビュー。ガロの人気が低迷、90年青林堂はツァイトに経営を譲渡。96年長井氏の死去とともに「ガロ」は衰退への道を歩みました。現在、長井の志は、『ガロ』副編集長として活躍した手塚能理子氏が主催する青林工芸社より『ガロ』の実質的な後継誌『アックス』によって受け継がれています。

施設案内

  • 入場料:無料
  • 開館時間:10:00〜21:00
  • 休館日:毎週月曜日、国民の祝日(子どもの日、文化の日を除く)年末年始 (12月28日〜1月4日)、毎月末
  • 〒985-00361
  • 宮城県塩竈市東玉川町9-1 長井勝一漫画美術館(ふれあいエスプ塩竈内)
  • TEL:022-367-2010
  • FAX:022-365-3741
  • 外部ファンサイト:http://www.freefactory.net/~nagai/