時代別にみる

主な美術品の起こりを時系列に並べました。

現代
塩竈現代
塩竈市が誕生した直後に太平洋戦争が始まり、激動の時を歩み始めることになります。戦後の混乱や、その後の高度成長やオイルショック、また何回かの自然災害にもおそわれました。塩竈市は、時代の波を乗り越えて、東北有数の水揚げ高を誇る漁港として、また港湾・観光のまちとして発展をとげてきました。
  • 人口(60,447人)(2005年)
  • 市内循環バス100円バス運行(2004年)
  • 第一回塩竈こども議会開催(2004年)
  • 新浜町リサイクルセンター完成(2001年)
  • 宮城国体バドミントン競技会場(塩竈市体育館)(2001年)
  • 人口(62,511人)(2000年)
  • 生涯学習センター「ふれあいエスプ塩竈」オープン(1998年)
  • 塩竈みなと祭50年(1997年)
  • マリンゲート塩釜オープン(1995年)勤労社総合スポーツ施設(温水プール)オープン(1995年)
  • 人口(63,737人)市立病院開院50周年(1995年)
  • 9.22豪雨による災害:被世帯数642棟(1994年)
  • 市のごみ収集袋の指定が始まる(1992年)
  • 市制施行50年記念式典(1991年)
  • 伊保石公園が開園した(1991年)
  • 塩竈市民交流センターができた(1991年)(市民図書館、遊ホール、視聴覚センター)
  • 人口(62,025人)全国高校総合体育大会バドミントン大会会場(1990年)
  • 1989年1月8日「平成」と年号がかわる。宮城県の人口(およそ2,248,000人)
  • 塩竈市体育館完成(現「塩釜ガス体育館」)(1986年)
  • 塩竈市保健センターが完成(1984年)
  • 浦戸諸島開発総合センター完成(1982年)
  • 仙石線西塩釜〜東塩釜間高架複線化工事なる(1981年)
  • 玉川中学校・杉の入小学校新築移転。人口6万を越す
  • 杉の入小学校・玉川小学校開校(1977年)
  • 新公民館完成。市立図書館開館。清掃工場ができる(1976年)
  • 児童館完成(1975年)
  • 第二中学校新築移転(1974年)
  • 老人センター・勤労青少年センター完成(1972年)
  • 組合消防庁舎完成。新浜町公園完成(1972年)
  • 塩竈地区消防組合発足。市立男女高校が県に移管(1970年)
  • ゴミ焼場落成。浦戸簡易水道完成(1966年)
  • 新浜町に魚市場新築移転。鹽竈神社博物館開館(1965年)
  • 新産業都市建設地域指定。し尿処理場完成(1963)
  • 玉川中学校開校(1962年)
  • 市役所新庁舎落成(1960年)
  • 貞山第一号埠頭(一万トン)完成。月見ヶ丘小学校開校(1959年)
  • 東北本線塩竈駅営業開始(1956年)
  • 塩竈市教育委員会ができる(1952年)
  • 塩竈市公民館新築される(1950年)
  • 浦戸村が塩竈市に合併される(1950年)
  • 塩竈電報電話局開置。塩竈に東北海区水産研究所開設。牛生が塩竈市に合併される。(1949年)
  • 塩竈に海上保安部設置。塩竈児童相談所開設(1948年)
  • 塩竈市立中学校開校。塩竈公共職業安定所開設(1947年)
  • 塩竈市公民館開設される(1946年)
  • 塩竈市空襲。市立病院開設される(1945年)
  • 塩竈中学校設立。東北海連局開設される(1943年)
  • 塩竈、市制をしく(1941年11月23日)
  • 塩竈第三尋常小学校開校。塩竈警察署が尾島町に移る(1935年)
  • 塩竈税関支署が設置される。塩竈青年学校開校(1934年)
  • 臨海線開通。塩竈の築港が完成する(1933年)
  • 願成寺火災により現在地に再建される(1932年)
  • 塩竈水上警察が設置される(1930年)
  • 塩竈実科高等女学校開校。塩竈魚市場が開かれる(1929年)
  • 宮城電鉄、石巻まで開通(1928年)
  • 東塩竈〜松島海岸間開通。福定寺が建てられる(1927年)
近代
塩竈現代
明治時代になると藩の保護もなくなり、港は衰え町も活気を失いました。そこで、港のにぎわいを取りそうと村民が活動を始め、「開港場」と呼ばれる港をつくりました。さらに、明治20年(1887)の鉄道の開通にともなう港の整備や、三陸海岸の航路のための本格的な港の築港計画が進められました。その結果、塩竈港は東北の表玄関となり、さらに世界とを結ぶ国際港へと成長していきました。
  • 宮城電鉄、仙台〜塩竈間開通(1925年)
  • 塩竈第二尋常小学校開校(1925年)
  • 町で初めて新聞が発行される(1922年)
  • 塩竈町教育会ができる(1920年) 第1回国勢調査—本県人口963,364人/塩竈町人口 13,139人
  • 塩竈町立図書館ができる。築港工事がはじまる(1917年)
  • 私立塩竈幼稚園ができる(1913年)
  • 重要港湾になる(1910年)
  • 鹽竈神社の太刀2振りが国宝に指定される(1909年)
  • 塩竈の市内電話が開通する(1908年)
  • 塩竈に消防ができる。塩竈線の開通。電信の開通。(1887年)
  • 塩竈警察署ができる(1886年)
  • 志波彦神社が岩切から移り、鹽竈神社に合祀される。鹽竈神社が「国幣中社」に列せられる((1874年)
  • 宮城県となる。塩竈小学校・浦戸小学校が創立される(1873年)
  • 明治維新はじまる(1868年)
中世・近世
塩竈中世・近世
鹽竈神社の門前町であった塩竈は、鎌倉時代には、氏の支配のもとで商業も盛んになり、港町としても次第に発展してきました。海上交通が盛んになった江戸時代には、塩竈は、城下町としてにぎわっていた仙台の陸揚げ港として、ますます重要になってきました。特に藩主氏は鹽竈神社を厚く保護したため、それにともない塩竈の町も栄えていきました。
  • 塩竈大火(慶応の大火—新河岸全焼)(1867年)
  • 塩竈に魚が水揚げされず、町が衰える(1855年)
  • 林子平「海国兵談」を書く(1792年)
  • 東園寺が建てられる(1775年)
  • 鹽竈神社 元禄の造営(1695年)
  • 伊達綱村、塩竈に恩典9か条をもうける(貞享の特令)(1685年)
  • 鹽竈神社の氏子祭、神輿渡御はじめられる(1682年)
  • 塩竈~蒲生間の「御舟入堀」(現在の貞山堀)ができる(1672年)
  • 塩竈に伝染病流行、火災(1670-80年)
  • 雲上寺が建てられる(1615年)
  • 鹽竈神社慶長の造営(1607年)
  • 伊達政宗、仙台城(又は青葉城)に移る。政宗62万石(1603年)
  • 千代(または千体、仙内)を仙台と改める(1600年)
  • 伊達政宗、岩出山に移る。20郡58万石(1591年)
  • 駒犬城亡びる(1573年)
  • 法蓮寺が建てられる(1360年)
  • 岩切城の合戦(1351年)
  • 蒙古の碑がたてられる(1282年)
  • 伊沢家景が奥州留守職に任ぜられる(1190年)
  • 和泉三郎忠衡が文治の燈籠を奉納する(1187年)
  • 鹽竈神社の名がはじめて歴史に表れる(弘仁式主税帳)(927年)
古代
塩竈古代
律令支配の強化をめざし、多賀城に=役所が置かれると、塩竈は、多賀城への人々
の往来や食料、日用品などを運ぶ港(国府津)として重要な役割をもつようになりました。また、神社は、舟旅の守り神として、また陸奥の国を守るとしてうやまわれました。
  • 多賀城が築かれる(720年)
  • 大化改新、蝦夷征伐が行われる(645年)
  • 古墳文化(4〜5世紀)、一本松横穴古墳群、清水沢横穴古墳群、仙台遠見塚古墳名取雷神山古墳
原始
塩竈原始
松島湾沿岸は、海の幸、山の幸に恵まれ、昔の人々が生活しやすい場所でした。塩竈には、数千年前の縄文時代から人々が住んでいたことが貝塚などによって、わかっています。紀元前1世紀頃には、東北にも弥生文化が伝わり、稲作が行われるようになりました。5世紀になると、農業が定着し、鉄の道具も普及してきます。
  • 弥生文化(1〜2世紀)、農耕(稲作)始まる。金属器使用始まる。崎山囲遺跡、枡形囲遺跡
  • 縄文文化(前6000年)、貝塚→船入島貝塚、桂島貝塚、大木囲貝塚