民話絵本『古げたのおばけ』

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むかしむかし、寒風沢浜の ひとたちが 元屋敷と いう ところに、すんで いたころの おはなしです。 ある ひの ことです。


ひるま、うみにでて いっしょうけんめい はたらいたむらのひとたちは、ひがくれると もうふとんをかぶって ねてしまいました。ところが まよなかころになると にわかに つよい かぜが はまべの まつや ささのはっぱを ならして、ふいていました。

かぜがすこし しずかになると、そのこえは、はっきりと きこえてきました。「はな いでえ。はな いでえ。」なんとも きみのわるい うなりごえなので、「おっかねぇよぉ。おっかねぇよぉ。」と、なきだすこどももいました。

がたっ がたっと、はげしくとを ゆするおとで、めをさましました。むらの ひとたちは、「あやぁ、ありゃ なんだぁ。」と、ねぼけまなこをこすりながら、みみを、すましました。 かぜと なみのおとに まじって、なにやら ふしぎな こえが きこえて きたのです。

それから、まいばんのように、「はな いでぇ。はな いでえ。」と いう うなりごえが むらの なかを あるきまわるもんだから、むらじゅう おおさわぎに なりました。

「おっかねえな。」「いったいなんだべ。」「おかげで さっぱり ねむれねえ。」「おら、びょうきに なりそうだ。」「このまんまじゃ、しごとになんねえ。」「どないしたら いいべなぁ。」むらの ひとたちみんなが あつまって、そうだんしました。

そして、きもったまの ふといわかもの五人がえらばれて、ばけもののしょうたいを、みとどけることに なりました。

さて、その ばんの こと。 わかものたちが、いきを ころして まっていると、あんのじょう「はな いでえ。はな いでえ。」と いう うなりごえが、きこえてきました。

「ほうれ、でたあ。やっつけろっ。」「あれっ、どこだ。どこだっ。」「ほい、あっちだ。それ、いげっ。」みんなで、ごしゃごしゃと かきまわしてみても、いたっきれだの、古なわの きれっぱしに さわるぐらいのもんで、ほかには なんにも いません。さんざん はしりまわった わかものたちは、すっかり つかれて、いえにかえって、ふとんを かぶって、ねて しまいました。

それから、なんにちか たった、あるばんの ことです。 わかものの ひとりが よづりの かえり、夜の浜の ささやぶの そばを とおりかかると、なかが わやわやと さわがしいのです。「だれか、はなしかだりでも してんだべか。」と、ききみみを たてて いると、なんだか あたりまえの ひとのこえと ちがう こえで、こんな うたをうたって いました。

「古みの 古がさ 古だいこ つづいて 古げた 古わっぱ どんどん ばさばさ ばっさばさ」 しばらく にぎやかに うたったり おどったりして いましたが、きゅうに「こんやは、なんだか おかしなばんだから、やめろ やめろっ。」と、さけぶ こえが して、うたも、おどりも、ばたっと きこえなくなって しまいました。

わかものは、にわかに おっかなくなって、いえに とんでかえって、ふとんをかぶって、ねて しまいました。 つぎの あさ、わかものは、なかまと いっしょに、ゆうべの ばしょに でかけて いきました。

すると、その ささやぶの なかには、古みのだの、古がさだの、古だいこだの、古わっぱだの、なみで うちあげられた ものが、たくさん あつまっていました。

そして、そこから すこし はなれた ところには、古げたの かたっぽうの はなが かけたのが、ころがって いました。

「さては、この 古げたや 古みのが、ばけて でたんだなぁ。」と 言うことに なって、みんな いっかしょに あつめて、すっかり やきすてて しまいました。それからは、「はな いでえ。はな いでえ。」の うなりごえも、ささやぶの なかの うたや おどりも、なくなったと いうことです。


【原文】

古げたの化けた話

 昔、昔、寒風沢の人たちが、もと本屋敷に住んでいた頃の話です。
 ある年のこと、夜中になると人家の立ち並んでる道を、
「鼻いでえ、鼻いでえ」
といいながら、なんとも不思議な声で、うなって歩くものがありました。次の晩も、その次の晩も、気味の悪いうなり声が続くので、村の人たちは寄るとさわると、その話になって、
「おっかねえな。なんだべ」
と大騒ぎになりました。
 そこで、元気のいい若者五、六人が相談してその化けものの正体を、見届けることになりました。
 夜中になるのを待っていると、あん案のじょう定、真っ暗な道を、
「鼻いでえ、鼻いでえ」
 という、うなり声がこちらに近づいてきました。
「ほれ出た。逃がすな」
 いっせいに、外に飛び出して見たところ、声はするが姿はさっぱり見えません。
「どこだ、どこだ」
 と、きょろきょろしていると、
「鼻いでえ、鼻いでえ」
 と、またうなり出しました。
今度はめいめい竹の棒を持って、その声のするあたりを、めちゃくちゃに引っかき回しました。
「あっ、いだいだ」
「こっちさもいだ」
「これっ」
 大騒ぎしながら、竹の端にさわったものを、よくよく見たら、板切だの、古なわの切れっぱしばかりで、化けものらしいものは、どこにもいません。うなり声もしなくなってしまいました。がかりして、お互いに顔を見合わせてあきれていると、また三、四十けん間(一間は一、八メートル)ぐらい向こうの方で、
「鼻いでえ、鼻いでえ」
 と、声がしました。
「今度こそ、つまえろっ」
 と、みんなで走って行って見ました。やっぱりなんにもいません。さんざんばかにされた若者たちは、すっかり腹を立てて、家に帰って寝てしまいました。
 それからなん日かたって、その時の若者のひとりが、よ夜の浜のやぶのそばを通りかかると、中からわやわやと、人の声がしました。
「こんなどこで、何してんだべ」
 と思って、そっと近づいて聞いて見ると、どうも普通の人間の声と違うようです。なんとも不思議な声で、歌を歌ったり、踊りをおどっているようです。若者は少しばかり恐ろしかったが、そろそろと声の方に近寄って行って、じっと息を殺して聞いていると、こんな歌の文句が聞えてきました。
「古みの、古がさ、古太鼓、
つづいて古げた、(注一)古わっぱ、
どんどんばさばさばさばさ」
 大そう調子よく歌いながら、楽しそうに踊っていましたが、突然その中のひとりが、
「なんだか今夜は、気がのんねえ。どうもおかしな気配がすっから、もうやめろ」
 と叫けぶと、歌も踊りも、ぴたっとやんで、しんと静まり返ってしまいました。
 立ち聞きしていた若者は、にわかに恐ろしくなって、家に逃げ帰ると、ふとんをかぶって寝てしまいました。
 さて、次の日になると、若者はどうにも我慢出来なくなり、友だちの所にとんで行って、昨夜のことをみんなに話して聞かせました。
 そして夜になると、この間の仲間たちと連れ立って、昨夜の場所に行ってみました。するとやぶの中にはたくさんの古みのだの、古太鼓の胴だの、古げたや古わっぱなどが、波で打ち上げられていました。
 そこから少し離れた所には、片方の鼻のかけた大きな古げたが、ころがっていました。
「さては、古げたや古みの、笠どもが化けて出て来たんだなあ。使ってで、いらねぐなったもんでも、そまづにするもんではねえなあ」
 といいながら、みんなでそれらを一か所に集めて、すっかり焼いてしまいました。
 その晩からは、
「鼻いでえ、鼻いでえ」
 のうなり声も、やぶの中の歌や踊りも、聞えなくなったということです。

注一 曲げ木で作った弁当箱

作者・著者:高倉勝子(たかくら かつこ)・絵
年代:1974年
出版:塩竈市教育委員会
サイズ:200 x 270mm
材質・形状:絵本
閲覧可