【原文】
さとわかずもろこしまでの月はあれど秋のなかばのしほがまのうら
【現代語訳】
故郷がどこともわからないほど遠い異国の地にあって眺める月の美しさもさることながら、仲秋の名月が照らし出す、ここ塩竈の浦の美しさは譬えようのないものです。
サイズ:270 x 540mm
材質・形状:石碑
所在地:宮城県塩竈市西町(鹽竈海道)
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さとわかずもろこしまでの月はあれど秋のなかばのしほがまのうら
故郷がどこともわからないほど遠い異国の地にあって眺める月の美しさもさることながら、仲秋の名月が照らし出す、ここ塩竈の浦の美しさは譬えようのないものです。
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見わたせば霞のうちもかすみけり煙たなびくしほがまのうら
見わたすと一面霞んでいる中でも、更に一段と霞んでいるところがあるのですね。塩焼く煙の立ち上る塩釜の浦のあたりは。
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塩がまの浦のけぶりの一すぢにたつともみえずかすむ空かな
塩竈の塩焼く煙は尋常に立っているとも思われません。それほどに霞がかった空模様なのです。
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しほがまにいつかきにけんとばかりのそのことのはに昔をぞしる
融大臣が塩竈を象った河原院には、多くの公卿・親王が招かれ、車馬が門に集い、着飾った衣装が地を照らすようであったということですが、その様子は在原業平が詠んだ「塩竈にいつか来にけん」という歌の一節だけでも知ることができます。
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夕霧のまがきの島やこれならん波にぞはれぬしほがまの浦
夕霧に包まれた籬の島とは、こういうことを言うのだなあ。塩竈の浦の波ではないが、並一通りのことでは晴れやらぬ風情であるよ。
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しほがまのうらのひがたのあけぼのにかすみにのこるうきしまの松
夜がほのぼのと明けはじめる頃に、塩竈の浦には春霞がかかり、そのぼんやりとした中に浮島の松がうっすらと見えることですよ。
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しほがまの浦より外もかすめるをおなじ煙のたつかとぞみる
塩竈の入り江の内側も外側も、同じように霞がかかっています。まるで、遙か遠い沖の方でも塩焼く煙が漂っているように思われます。
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塩がまのうらなれぬらんあまもかくわがごとからきものはおもはじ
塩竈の浦で藻塩を焼きつつ思い煩うことに慣れている海女でさえも、私のように辛い物思いはしないことでしょう。
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いつとなくなみやこすらむすゑのまつまがきのしまに心せよきみ
古歌では、「もし、私が浮気心を持ったならば、きっと末の松山を波が越すでしょう」と、ありえないことの譬えとしてよく詠われますが、それがたった今すぐにでも起こるかもしれないと、籬島のようにしっかりと囲いを廻らせて用心してくださいよ、あなた。
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おなじくはこえてやみまししらかはのせきのあなたのしほがまのうら
同じ東国を旅するならばいっそのこと白河の関を越えて、そのはるか彼方にある風光明媚な塩釜の浦まで訪れてみたいものです。
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しほがまのうらめしとのみ思ふそらに恋のけぶりもたちそひにける
塩竈の空では塩焼く煙が恨めしいばかりでなく、加えて、恋に我が身を焦がす煙までもが立ち添うことですよ。
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としふりてあまそなれたる塩竈のうらのけぶりはまだぞのこれる
(融大臣が亡くなって)年月が経った今でも、塩竈を象ったこの河原院では海人の塩焼く遺風が伝えられて、煙を立てていることです。
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しおがまのうらさびしくもみゆるかな八十島かすむ春の曙
塩釜の浦の、曙の風情は何とはなしにもの寂しく見えることだなあ。八十島が春の霞の中に浮かんでいて。
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きみまさで煙たえにし塩がまのうらさびしくもみえわたるかな
院主であった源融公が亡くなられて以来、塩を焼く煙が絶えてしまいました。塩竈を象ったこの河原院も、塩釜浦の風情のように、うら寂しく見渡されることですよ。
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ちはやぶる神もねのびとおもへばやけぶりたなびくしほがまの松
塩竈の神も子の日(正月の行事)の火と思ったからだろうか。千代を祝って小松を引く塩竈の浦に煙をたなびかせていることだ。
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あま人の浪間にみゆる白妙の衣手かすむしほがまのうら
海人が波の間に見え隠れしている。その塩竈の浦には霞がかかって海人の衣の袖もぼんやりと見えることだ。
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