【原文】
あの山のうしろが故郷八つ頭
サイズ:100 x 148mm
材質・形状:はがき
馬の目に雪ふり湾をひたぬらす
俳句は昭和30年作、『海溝』(昭和51年)より
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みちのくの千賀(ちか)の塩竈(しほがま)釜に得む塩のはつかも笑みかけたまへ
塩の城(き)のザルッブルクに聞きしより年どし遠しサラリー縁起
塩竈桜の季節や佐藤鬼房との交友を深めるために塩竈をたびたび訪れる。
歌は、塩に縁のある「近(ちか)の塩竈」と「遠(とお)のザルッブルク」を詠んだもの。『歌枕合』(平成17年)より。*ザルッブルクの方向に設置
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みちのくの千賀(ちか)の塩竈(しほがま)釜に得む塩のはつかも笑みかけたまへ
塩の城(き)のザルッブルクに聞きしより年どし遠しサラリー縁起
塩竈桜の季節や佐藤鬼房との交友を深めるために塩竈をたびたび訪れる。
歌は、塩に縁のある「近(ちか)の塩竈」と「遠(とお)のザルッブルク」を詠んだもの。『歌枕合』(平成17年)より。*ザルッブルクの方向に設置
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みちのくの千賀の塩釜雨ながら網かけ竝(な)めぬほばしらのとも
昭和15年6月 松島から船で塩竈を訪れ塩竈神社に参詣、勝画楼で蝦蛄と蟹で昼食。
碑の歌は『海坂』(昭和24年)より
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鹽釜より松島湾へ出づ
鹽釜(しほがま)の入江の氷はりはりと裂きて出づれば松島の見ゆ
大正5年3月 東北の旅の途中、仙台から塩竈を訪れ、松島に足を運ぶ。碑の歌は『朝の歌』(大正5年)より。
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JPN|ENG
雁皮紙(がんぴし)をいと美しく折り上げて松をさしたる千賀の浦島
寛は、明治26年8月に塩竈神社を訪れ、大正13年9月には、夫婦で青根温泉に泊まり、塩竈を訪れる。碑の歌は『明星』(大正13年)より。
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鹽釜の出口をふさぐ炭船のあひだに青き松島の端(はし)
寛は、明治26年8月に塩竈神社を訪れ、大正13年9月には、夫婦で青根温泉に泊まり、塩竈を訪れる。碑の歌は『明星』(大正13年)より。
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鹽竈神社よりをめぐりて
涼しさのありがたき昔かな
籬ヶ涼しさのここを扇のかなめかな
明治26年7月、汽車で塩竈を訪れる。塩竈神社に詣でて、当時の海老屋で昼食し、船で松島へ。
籬島を詠んだ俳句は、紀行文「はて知らずの記」(昭和26年)より。
*籬島の方向に設置